「 実は、そのことです。
太閤殿下があれほど気を使われているのに、殿の方で
答礼しないのは、思い上がっている、との声が、世間では
あがっておりますが・・・・・・」
「 しかたない。 今は我慢の時か・・・・・」
朝日姫との政略結婚によって、豊臣秀吉の義弟と
なった家康は、秀吉に臣従することに決めました。
大坂に上った家康が宿舎で休んでいると、太閤秀吉が
お忍びで訪ねてきました。
「 家康殿、遠路ご苦労じゃった。
名門松平家のそなたが農民出身のワシに頭を下げるなど
気が進まぬであろうが、明日のことは、形だけ、形だけの
ことじゃ。 よろしく頼むぞ!」
「 ご安心ください。 殿下、万事心得ております 」
翌日、大阪城に登城した家康は、日本中の大名たちが
居並ぶなか、大広間の末席へ案内されました。
・・・・・ヒソヒソ・・・・、 ・・・・・・ヒソヒソ・・・・・・・
「 あれが、『海道一の弓取り』、徳川家康か・・・・ 」
「 小牧長久手の戦で勝ったのに、太閤殿下の軍門に下るか・・・ 」
vvvv 大名たちの会話は家康の耳にも入りましたが、
家康は聞こえないふりをしていました。
しばらくして、大広間に入った豊臣秀吉は、
上座から家康に 声をかけました。
「 三河守、上洛大義である!」
家康は、だまって頭を下げました。
目の上のたんコブだった家康が臣下の礼を取ったことが、
秀吉はうれしくてたまりませんでした。
大広間での対面を終えると、自ら手を取って、大阪城の中
を案内しました。
「 徳川どの、どうじゃな? 大坂の街は?」
「 さ、さすがは天下の台所!
我が浜松の街とはくらべものになりません 」
「 こ、この金塊は!」
「 ハッハッハッ! 今年、生野金山から出た金じゃ!
倉に入らないのでここに置いておる。
この金塊でな、利休に二百畳敷の黄金の茶室を作れ、
と言ったのじゃが、二畳でご勘弁を、と言いおった。
あやつも存外、肝の小さい男よ!」
「 ここは宝物蔵じゃ。 日の本はもとより、
外国の珍品奇宝はすべて余の手の内じゃ。
ハッハッハッ!」
「 み、見事なものでございますな・・・・」
「 そうそう、これはぜひ徳川どのに見てもらいたい。
最近、本能寺の焼け跡から掘り出したもので、名物・茄子の茶
入れじゃ。名物は、英雄の手に渡ると申すが、まことじゃのう!
ところで、徳川どのは、何か自慢のお宝をお持ちかの?」
「 はてさて、ごらんのとおり浜松の田舎大名、太閤殿下の
ように、人に自慢できる宝など持ち合わせておりませぬ。
が、しいてあげれば、わたくしのために喜んで命を投げ
出す五百騎の三河武士、これが、わたくしの一番の宝
でしょうか 」
家康のこの意外な答えを聞いた秀吉は、調子に乗ってい
た自分を恥じた、と言うことです。
― おしまい ―